財産の一部だけが記載された遺言書

先日、以前よりお付き合いのあるクライアントと食事をしていた時に、何気ない会話の中で「今度父親に、実家を自分にあげるという遺言書を書いてもらおうと思うんだけど」という話が出ました。

 

その方は長男で、現在奥様と子供一人と一緒にご両親の実家に同居しています。兄弟は弟さんが二人いらっしゃるのですが、お二人とも結婚をされていてそれぞれマンションを購入しています。よくあるご家族構成ではないでしょうか。

 

「ほかの財産はどうするのですか?」と聞いたところ、「現金や株などがあると思うけど、とりあえず実家のことだけは書いておいてほしい」ということでした。現在同居をしているので、この流れで行くとご両親が亡くなった後は、長男であるこの方が家を継ぐのでしょうが、遺言書が無い場合、当然のことながら相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。

 

その時に兄弟の一人が「全員公平に財産を分けてほしい」などと言い出した場合には、ご自宅の評価額や他の財産の額にもよりますが、自宅を相続した長男がほかの兄弟に対して代償交付金を支払うことになったり、最悪自宅を売却して均等に分ける、といったことにもなりかねません。こちらもありがちなケースではないでしょうか。

 

では、「自宅を長男に相続させる」内容だけを書いた遺言書を作成すれば、この問題は解決するのでしょうか。このような遺言を「一部遺言」と呼んだりもしますが、このような遺言書を残すことで、相続人にどのような影響が出てくるのかを考えてみたいと思います。

 

まずは「遺言」についてですが、「遺言書」と聞いてどのような内容が記載されているとイメージするでしょうか?

 

 

遺言書

 

遺言者 佐藤一郎は次の通り遺言する。

 

1.長男 佐藤太郎(昭和○年○月○日生)に下記の不動産を相続させる。

(1)土地

※所在・地番・地目・地積を記載

(2)建物

所在・家屋番号・種類・構造・床面積を記載

 

2.次男 佐藤次郎(昭和○年○月○日生)に下記の預金を相続させる。

※金融機関名・支店名・口座種別・口座番号を記載

 

3.長女 佐藤三郎(昭和○年○月○日生)に下記の預金を相続させる。

※金融機関名・支店名・口座種別・口座番号を記載

 

4.その他遺言者に属する一切の財産は、妻 佐藤花子に相続させる。

 

平成○年○月○日

 

住所

遺言者 佐藤一郎

 

 

このような感じになりますでしょうか。相続財産が複数ある場合で、特定の財産をある相続人に相続させたい場合には、上記1から3のような記述となります。また4で、「その他遺言者に属する一切の財産は」と記述することで、特定の財産以外の財産については妻が相続することが可能となります。このように記述をすれば、遺言者の財産をすべて網羅した遺言書が作成できます。

 

では、クライアントが話をしていたように、

 

「1.長男 佐藤太郎(昭和○年○月○日生)に下記の不動産を相続させる。」

 

ということだけが記載された遺言書を作成することは可能なのでしょうか。結論から申し上げると可能となるのですが、相続発生後に様々な問題が発生する可能性があります。

 

通常は上記のように「下記の不動産を相続させる」と記載のある遺言書は、「遺産分割の方法」を遺言によって指定したと解釈をされています。つまり記載されている特定の財産(不動産)以外の記載されていない財産については、「法定相続分で相続させる」という趣旨の遺言書であるという解釈をすることができます。

 

しかし、財産の一部のみの分割方法を指定した遺言書は、見方によっては特定の相続人が特別な利益を受けているということで「特別受益」に該当するという解釈をすることもできてしまいます。ちなみに特別受益については民法の903条に、次のような記載があります。

 

【民法】

(特別受益者の相続分)

第九百三条  共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

 

お気づきになった方もいらっしゃるかもしれませんが、この条文の中には、「遺贈」「贈与」という言葉はありますが、「相続」という言葉は出てきません。ということは、今回のように「相続させる」という記述の場合には特別受益には該当しないとも考えられます。

 

話が二転三転してしまいますが、それでは、「遺贈」の場合には特別受益に該当し、「相続」の場合には特別受益に該当しないのでしょうか。こちらについては、どちらも特定の相続人が特別な利益を受けるという事実に変わりはありませんので、「相続させる」遺言であった場合にも特別受益の持ち戻しと同じような手続きをすべきだという高等裁判所の決定があります(平成17年4月11日広島高等裁判所岡山支部決定)

 

一方で、この高等裁判所決定の前に行われた家庭裁判所の決定では、「相続させる」という記載は「遺贈」の趣旨があるとは解釈できないとして、特別受益には該当しないという判断が下されています(平成15年10月15日岡山家裁玉島出張所決定)。

 

このように裁判所でも判断が分かれている、特定の財産だけを「相続させる」という遺言書、その財産が特別受益に該当するかしないかで、遺産分割の内容にも影響が出てきます。特定の財産を特定の相続人に相続させたい場合には、その他の財産についても記載をして、のちに相続人が揉めるような遺言書を残さないことが大切だと考えます。

このページのコンテンツを書いた相続士

澤田 朗
澤田 朗
相続士、AFP
1971年東京都生まれ。FP事務所FP EYE代表。NPO法人日本相続士協会理事・相続士・AFP。設計事務所勤務を経て、2005年にFPとして独立。これまでコンサルティングを通じて約1,000世帯の家庭と関わる。

相続税評価額算出のための土地評価・現況調査・測量や、遺産分割対策、生命保険の活用等、専門家とチームを組みクライアントへ相続対策のアドバイスを行っている。設計事務所勤務の経験を活かし土地評価のための図面作成も手掛ける。

また、住宅購入時の物件選びやローン計画・保険の見直し・資産形成等、各家庭に合ったライフプランの作成や資金計画のサポートを行っている。個人・法人顧客のコンサルティングを行うほか、セミナー講師・執筆等も行う実務家FPとして活動中。

FP EYE 澤田朗FP事務所

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