兄弟の確執は相続発生後に悲劇の結末となる

「わが家はたいした財産はないから…」「兄弟の仲はいいから…」と楽観的に考えて、わが家は相続争いとは無縁と考えている方は多いようです。
しかし実際は、遺産分割でもめて裁判所にまで持ち込まれた深刻なケースは年間約1万4,000件にものぼります(平成23年の審判と調停の合計数、司法統計年報より)。
公にはならなくても親族内でもめた数はこの何倍もあるはずです。”争続”はけっして他人事ではありません。
本コーナーでは、相続支援ネットの代表・江里口吉雄さんに、これまで手掛けてこられた案件のなかから、相続対策を怠ったことによって起こった”こわい”事例をご紹介いただきます。

■密かに作られていた公正証書遺言書

Sさんはある地方都市の由緒ある地主の長男。彼が子どものころにはすでに母は離婚して実家にはいなかった。そのこともあって同居している父親とは成人後も喧嘩が絶えず、父親はついに実家を出て東京でサラリーマン生活をしている次男のところへ逃げ出してしまった。
また、長男と次男は子どものころから犬猿の仲であった。長男は知人から「相続になれば資産は全て次男に持っていかれるかもしれないぞ」と助言されていたが、父親との関係修復には努めなかった。
相続がどうなるか一抹の不安を感じながら、ついにその日が来た。長男は相続が発生したその日に公証人役場に直行した。案の定、父親は次男の指南で公正証書遺言書を作成していた。
その中身を見て長男は愕然とした。

■アパートローンの債務の全てを次男が相続したが…

相続人は長男と次男の二人である。遺産総額は土地評価上5億円と債務のアパートローン2億円。
父親が残した公正証書遺言書は次の通りであった。長男は実家の土地(1億円)のみ。残りの資産4億円(アパート・金融資産)は全て次男となっている。
つまり債務控除後の次男の相続資産は2 億円。そうなると、長男の遺留分を侵害していないことになる。遺留分減殺請求などできるはずもなかった。そのまま父の書いた公正証書遺言を受け入れることにした。

■広大地評価が使えない?

不仲の次男にしてやられてしまった長男は、相続税でずっと悩んでいた。長男には10年前に実家の土地にある自宅を建替えた住宅ローンの借金がまだ1,000万円ほど残っていた。長男には、住宅ローンの借金はあっても預貯金はほとんどなかった。
長男は知り合いの税理士から、「自宅の土地は500m2以上あるから『広大地評価』が利用でき、土地の評価は半分程度になるので相続税はそれほど心配いらないのでは」と助言を得ていた。また、「実家だから小規模宅地の評価減もあり、相続税額は500万円ほどではないか」と言われてひとまず安堵していた。
しかし、その後よく調べてみると都市計画法上の用途地域が「近隣商業地域」に指定されており、容積率は300%であった。容積率が300%以上の場合は「広大地評価」の適用を受けられず、評価は路線価評価の1億円のままであることが判明した。

■長男に高額納税の追い討ち

さらに、小規模宅地の評価減も受けられずに相続税は2,000万円であることを知った長男の動揺は計り知れない。2,000万円の預貯金など全く用意していなかった長男は、相続した自宅の敷地がいくらで売れるかを調べてもらった。不動産業者からすぐに電話があり、査定価格はせいぜい5,000万円程度とのことだった。相続税法上の評価は1億円もしているのに、現実の価格との乖離に長男は驚くばかりであった。

■自宅周り以外の敷地を売却

2,000万円にもなる高額納税資金の目処はまったく無かった。長男は5年前に会社をリストラされて、現在は近くの工場で派遣労働者として勤務していた。収入も少なく妻のパート収入と合わせても家計は火の車であったのは言うまでもない。
相続税の借入れを銀行に相談するも、収入が安定しない長男にはどこも冷たい返事ばかりであった。もうすぐ60歳になろうとする長男は、とりあえず相続税を延納することにしたが、現実問題として延納しても納税できる目処は全くなかった。
相続税の申告が済んだ頃、長男は苦渋の決断をして、相続した実家の敷地の大半を売却することを決めた。
売却資金4,000万円で相続税は完納できたが、住宅ローン1,000万円の一括返済と売却に伴う仲介手数料や譲渡税などを支払って売却資金は全て消えていった。何とか自宅周りの土地と建物は残すことができたが、明治時代から続く茅葺きの土蔵や納屋も失い、由緒ある地主の面影はなくなっていた…。
こうして長年続いた兄弟の確執は、父親の相続発生後に悲劇の結末となったのであった。

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