「円満相続」と「円滑相続」・・・個人的考察

相続を争いなくスムーズに終えることを筆者は「円満相続」と表現します。世間一般でも同じように表現すると思います。

数年前、今ほど相続が世間一般に浸透していなかった頃、相続は「円満」か「円滑」か、という議論に巻き込まれたことがあります。相続を考える上では「円満」を考えるのではなく「円滑」を考えるのだと主張する方と、いや「円満」だという筆者の主張との議論です。(今思うと馬鹿げた議論です。)

「円満」も「円滑」も類義語ではあります。では、その使い分けはいかにということになりますが、単純に意味として調べてみると、「円満とは、満ち足りていて不満や争いのないこと・さま」、「円滑とは、物事が淀みなく進行する様、物事がスラスラと滞りなく運ぶ事」となります。

相続の現場で考えると、「円満」は『心の様子』を表し、「円滑」は『手続き等の進行のさま』を表すと思えます。

円満か円滑かという議論は、よくよく考えるとくだらない議論でもあります、数年前の話を何故今思い返してお話しているかというと、「相続の専門家」を名乗る人たちと話をしていると、なんとなくこの話に関連づけられるような曖昧な違和感を感じたりするからです。

筆者は円満と円滑に関して、以下のような意味合いであるのではないかと思います。

「円満とは被相続人や相続人の心の様子を表し、争いがなく相続手続きが行える心の状態であり、その場合に相続手続きがスムーズに進行していく状態を円滑という」

ですから、円満があって初めて円滑に繋がるものであり、個々別々に表現するものではないと思います。

“綺麗事”と言われるかもしれません、“心にわだかまりがあっても仕方なく妥協して相続手続きが進行する場合もあるだろ、手続きだけ見れば円滑だが、円満はないだろ”と言われるかもしれません。穿った見方をすればそのようにも捉えられないこともありません。

しかし、我々相続士は依頼者の相続に関して、『円満』を目指さなければならないと思います。

それはとりもなおさず、『心(気持ち)』を考えた支援をするということです。

“後々気まずくなろうと関係ない、手続きだけ終わらせて報酬をもらえればそれでいい”という考えではいけないと思います。その場合、その程度の仕事しかできませんし、依頼された業務自体が途中で頓挫することもあります。

何故揉めるのか、揉めないためにはどうすればいいのか、手法ありきの考え方では辿り着けないものでもあります。

手続きの側面しか見ていないと思えるような専門家と出くわすたびに、思い返してしまう「円満」と「円滑」。

その悪しき(頭の中の)ループをそろそろ終わらせたいと思う今日この頃です。

このページのコンテンツを書いた相続士

中島 浩希
中島 浩希
行政書士、相続士、CFP
東京都小平市出身。法政大学経済学部卒。リース業界・損害保険業界を経て、2007年相続・事業承継に特化した事務所を開設、同時に、相続支援ネットにメンバー加入。「円満な相続」をモットーに、遺産分割対策支援・遺産分割協議支援など相続・事業承継支援を行う遺産分割に特化した相続士。あらゆる層の相続において問題の所在と解決の方向性を示す的確なマネジメントと親身な対応には定評がある。日本相続士協会理事、日本相続士協会試験委員、相続士上級養成スクール専任講師。
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