遺産分割協議終了前の「預貯金の一部引出し」は慎重に

改正相続法の大半が2019年7月1日に施行され、施行から4ヶ月が経過すると、流石に、法律の専門家や相続の専門家以外の他分野の専門家でも改正相続法の内容を知るようになり、「このようなことができるようになりました」というような安易なアドバイスをすることもあるようです。

改正相続法では「各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条(法定相続分)及び第901条(代襲相続人の相続分)の規定により算出した当該共同相続人の相続分を乗じた額については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。(第909条の2、遺産の分割前における預貯金債権の行使)」という規定が新設されました。

2016年12月19日に預貯金債権についての判例が変更され、共同相続された一定の預貯金債権は、相続開始時に当然に相続分に応じて分割承継されるのではなく、遺産分割の対象となったことで、払戻しをする場合には共同相続人全員の同意を得ることが必要になってしまい、被相続人に扶養されていた共同相続人の生活費が簡単には払出すことができないなどの不都合が生じる可能性がありましたが、改正相続法による前述の新設規定(第909条の2)はこのような不都合を解消させる効果があるのと同時に、この規定が故のリスクも少なからずあります。

相続開始後、資金面での必要性が高いものとして葬儀費用がありますが、一般的に葬儀費用は喪主が負担するものとされています。しかし、葬儀費用は相続に係る経費として扱い、相続分とは別枠で考えるというご家族の相続パターンもあります。もちろん、祭祀承継者である相続人が喪主を務め、費用を負担し香典で補うという原則的な方法を採られるご家族もありますが、全てがそうであるとは言い切れない現実があります。

祭祀承継者である相続人が他の共同相続人には何も話さず、葬儀費用を被相続人の遺産から払うために、相続人が単独で、自らの権利の行使として被相続人の口座から一定額を払出した場合どうなるか。

葬儀費用支払いのため…当たり前のことです、祭祀承継者である相続人が単独で一定額の払出し…改正相続法で認められた権利ですから正規の手続きを踏んだものであれば何も問題ありません。

しかし、ここには「あるリスク」があります。前述しました民法第909条の2の後段に「この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす」とあります。

これは、当該相続人に精算義務を課すもので、このケースでいえば、当該相続人は葬儀費用の支払いに充てるために払出しを行なったに過ぎないつもり(敢えていえば、共同相続人を代表して払い出しを行ったに過ぎないつもり)でいても、払い出した金額は当該相続人の相続分の一部であり、それを先に受け取ったことになってしまうのです。

当該相続人が祭祀承継者でもともと葬儀費用を自分が受け取った相続分から支払うつもりでいたのであれば問題ありませんが、別枠と考えていた場合にはトラブルの原因になりかねません。

この新設された規定も便利のように感じられますが、一歩間違えるとトラブル原因にもなりますので注意が必要です。

遺産分割協議がまとまる前でも、相続人は単独で預貯金の一定額を引き出せるようになった、といっても安易に権利の行使をしてしまうとトラブルの原因にもなりかねませんので、慎重にことを運ぶようにして下さい。

このページのコンテンツを書いた相続士

中島 浩希
中島 浩希
行政書士、宅地建物取引士、相続士上級、CFP
東京都小平市出身。法政大学経済学部卒。リース業界・損害保険業界を経て、2007年相続に特化した事務所を開設し、現在も一貫して「円満相続と安心終活」をモットーに相続・終活の総合支援を行っている。相続・終活における問題の所在と解決の方向性を示す的確なマネジメントと親身な対応が好評を得ている。相続専門家講座の専任講師として相続専門家の育成にも助力している。日本相続士協会専務理事。
中島行政書士相続法務事務所・ナカジマ相続士事務所

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