相続法改正による預貯金払戻し制度に関する考察

 相続法の改正により新たに次のような規定が新設されました。

「各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条(法定相続分)及び第901条(代襲相続人の相続分)の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額(150万円)を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。(民法909条の2.遺産分割前における預貯金債権の行使。2019年7月1日施行)

これによって、相続開始後の遺産分割協議を経ずに、共同相続人のうち一人また数人により個別に権利を行使して預貯金債権の一部を取得することが可能となりました。

相続開始後に預貯金口座が凍結され必要なお金も引き出すことができず、病院や施設の清算や葬儀等の支払いに困るというケースがありましたが、その問題もクリアすることができるようになります。

 元々は、預貯金債権は可分債権として相続開始と同時に法定相続分に応じ共同相続人に当然に分割されるものとされ、遺産分割の対象外とされていました。

しかし、これは法律の規定であり、一般人にとっては理解し難いもので法律と現実問題との乖離が存在していました。一般的に、共同相続人にとって預貯金は、遺産の中でも需要な要素でありどのように分けるか(いくらずつ分けるか)ということが主眼に置かれ、遺産分割を円満に進めるために調整役を果たすものであるといっても過言ではないものです。

このような法律と現実問題の乖離の解消につながるものが、平成28年12月の最高裁による「預貯金債権は遺産分割の対象になる」という判示でした。

しかし、この判示により遺産分割が成立するまで共同相続人は個別に権利の行使をすることができず、前述したような被相続人の債務の支払いや葬儀費用等の支払いという問題が生じるケースがありました。この点に関して家事事件手続法という法律で救済策はありましたが要件が厳しかったため、また、一般人には馴染みが薄すぎるといってもいい法律による規定だったため(あくまでも私見ですが)、相続法改正によって共同相続人が相続開始後に動きやすくなるような規定が新設されたのではないでしょうか。

新設された条文だけ読めば、相続人が単独で引き出せるという点で有意義な規定であると思えますが、この規定を乱用してしまうと、遺産分割の調整役を果たすべき預貯金に幅がなくなり、調整役の機能が失われてしまったり、権利の乱発が起きると共同相続人間で不穏な空気が流れないとも限りません。

法律の規定は上手く使えばいい方向に運ぶ確率が高まりますが、乱雑に利用すると取り返しのつかにことにもなりかねません。

リスクも考慮してしっかりと考えたいものです。

このページのコンテンツを書いた相続士

中島 浩希
中島 浩希
行政書士、宅地建物取引士、相続士上級、CFP
東京都小平市出身。法政大学経済学部卒。リース業界・損害保険業界を経て、2007年相続に特化した事務所を開設し、現在も一貫して「円満相続と安心終活」をモットーに相続・終活の総合支援を行っている。相続・終活における問題の所在と解決の方向性を示す的確なマネジメントと親身な対応が好評を得ている。相続専門家講座の専任講師として相続専門家の育成にも助力している。日本相続士協会専務理事。
中島行政書士相続法務事務所・ナカジマ相続士事務所

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