相続分の事実上の放棄

 相続において相続人が自分の相続権を放棄する場合には、相続開始後の熟慮期間に相続放棄の手続きをとることが一般的に知られるところです。

遺産に占める消極財産の割合が大きい場合などは、熟慮期間中に相続放棄の手続きをとり当該相続手続から離脱することがありますが、積極財産のみ、あるいは消極財産の割合が小さく積極財産で十分カバーできる場合などは、相続放棄の手続きをとらないことの方が多いと思います。そのような場合も含め、遺言による指定がない場合は、共同相続人全員で遺産分割協議を行ない、遺産の帰属先を決めることになります。

この遺産分割協議は、民法に定める「遺産の分割の基準(906条)」や「法定相続分等(900条・901条)」という基本的な指針はありますが、それに囚われることなく、共同相続人全員の話し合いで自由に分割方法を決めることができますので、特定の相続人に偏る(集中させる)分割を行ない、他の相続人の相続分がゼロ、もしくはそれに近い相続分になるような場合であっても、共同相続人全員の合意によるものであれば、何ら問題もありません。

遺産分割協議においては、被相続人を中心とする家族の状況や歴史、相続人の属性や遺産の属性などによって、様々な分割が行なわれますが、前述したような特定の相続人に遺産を集中させて他の相続人の相続分をゼロ、もしくはそれに近い相続分とする分割方法を採ることもあります。

このように遺産分割協議において相続分ゼロ、もしくはそれに近い相続分とする方法は「事実上の放棄」と呼ばれていますが、相続分ゼロ、もしくはそれに近い相続分となる相続人が遺産分割協議において納得の上で相続分ゼロ、もしくはそれに近い相続分となるので、自ら放棄したのと同じ結果になるため、民法上規定されている「相続放棄」に対して「事実上の放棄」と呼ばれています。

「事実上の放棄」をするには、相続分ゼロ、もしくはそれに近い相続分とする内容で、当該相続人を含めた共同相続人全員の署名捺印をした遺産分割協議書を作成する方法と、当該相続人が具体的相続分はゼロであるという内容の「特別受益証明書(相続分皆無証明書等)」を作成し、他の共同相続人に対して発行するという方法があります。

前者は昔から行なわれてきた方法で、例えば家督相続の影響を引きずってきた時代では、長男に遺産を集中させるため、他の相続人はいわゆる「ハンコ代」と言われる程度の(長男の相続額に比べればゼロに近い形式的な)相続分が記載されている遺産分割協議書に署名捺印するもの(特定の相続人に遺産を集中させる目的)や、遺産取得を放棄する意思で相続分ゼロもしくは相続分の記載のない遺産分割協議書に署名捺印するもの(遺産の取得を放棄する意思表示)などがあります。

後者の方法は、実際には特別受益を受けていない場合でも便法として利用する方法となりますが、実際に相続分を超えて特別受益を受けている場合には、「遺贈または贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない(第903条2項)」の規定適用の証明となり、遺産分割協議から離脱することになります。

相続分の「事実上の放棄」という方法はケースバイケースで便法ともなり得ますので、相続人や遺産の属性等を含め相続の様相によっては利用しても良いかもしれません。

このページのコンテンツを書いた相続士

中島 浩希
中島 浩希
行政書士、宅地建物取引士、相続士上級、CFP
東京都小平市出身。法政大学経済学部卒。リース業界・損害保険業界を経て、2007年相続に特化した事務所を開設し、現在も一貫して「円満相続と安心終活」をモットーに相続・終活の総合支援を行っている。相続・終活における問題の所在と解決の方向性を示す的確なマネジメントと親身な対応が好評を得ている。相続専門家講座の専任講師として相続専門家の育成にも助力している。日本相続士協会専務理事。
中島行政書士相続法務事務所・ナカジマ相続士事務所

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