被相続人の預金と公正証書遺言
相続が開始して困ることの一つに、被相続人の銀行預金からお金が引き出せない、ということがあります。いわゆる「預金口座の凍結」と言われるものです。一度こうなってしまうと銀行指定の用紙に相続人全員の署名捺印(実印)をして戸籍謄本等の必要書類を添付して提出しないと凍結は解除されません。被相続人の銀行預金から葬儀費用やお墓の購入費用を捻出しようと思っていた相続人にとっては大事件になりかねません。
こういうことを避けるためには、遺言執行者を指定した公正証書遺言を作成しておきましょう、という専門家と称する人が多くいます。
果てさて、それで本当に預金口座の凍結は解除できるのでしょうか。
答えは、「ノー」です、遺言執行者が公正証書遺言を持参して金融機関にノコノコと行っても必要書類を揃えて来てくださいと言われるのがオチです。(法律の専門家が遺言執行者に指定されていて、訴訟をほのめかして力技で凍結解除なんてこともあり得ますが、レアなケースなのでここではそのようなケースは省かせていただきます。)
なぜか? なぜ遺言執行者が指定された公正証書遺言で預金口座の凍結が解除できないのか?
その前に、公正証書遺言について簡単に押さえておきたいと思います。
公正証書遺言とは、証人2人以上の立会いのもと、遺言者が遺言の趣旨を口述し、公証人がこれを筆記した後、遺言者及び証人に読み聞かせ又は閲覧させ、筆記が正確なことを確認した遺言者及び証人が署名捺印して作成する遺言で、民法969条の要件を充した遺言のことをいいます。
遺言には法的効力を持つ「遺言事項」というものがあります。
例えば、「太郎に甲不動産を相続させる」といった相続分・分割法方法の指定は遺言事項となり法的効力を有するわけです。同じように「A銀行の預金は二郎に相続させる」といった相続分・分割方法の指定も遺言事項となり法的効力を有します。
そして、「〇〇を遺言執行者の指定する」といった遺言執行者の指定も遺言事項として法的効力を有します。因みに、遺言執行者とは、遺言の効力発生(遺言者の死亡)後に、遺言の内容を実現するための手続きを行う者のことをいいます。
以上のように、公正証書遺言は法的効力があり預金口座の凍結解除ができそうなのですが、、、。
問題の根源は、公正証書遺言とはいえ、その無効を裁判で争う事例が多いということです。
例えば判断能力が低下した者の遺言作成や病床に伏している者の遺言作成などは、裁判事例として多く現れるものです。
判断能力が低下した者の事例では成年後見制度を利用し成年後見人が選任されているものは厳格な要件が規定されていますが、そうでない者の遺言作成については厳格な要件が規定されていません。
また、病床に伏している者の事例では、危篤なって以後に新しい遺言が作成され前の遺言が取り消されるというケースが多く、結局、争族防止対策として取り上げられて来た公正証書遺言が新たな争いを生み出すことになりかねないという事実があるのです。
そういう現実から、銀行は相続開始後の被相続人の財産の保護と争族の渦に巻き込まれるのを回避するために、公正証書遺言を持参した遺言執行者の申し入れに対して即座に「イエス」と言わないのです。
勘違いしないでいただきたいのは、公正証書遺言を否定しているわけではないということです。
公正証書遺言は作成方法を間違えなければ、十分に利用価値のあるものですから、ケースに応じては積極的に利用すべきであると考えます。
話を戻します。被相続人の預金口座が凍結され、公正証書遺言では解決できないという現実、では、どうしたらいいのでしょうか。
相続開始前であれば、それを見越した準備もできるでしょう。
相続開始後の場合であれば一部分割などの方法を取り入れていく方法も考えられます。
いずれにせよ、気になる方は専門家に相談することが得策です。ただし、公正証書遺言を作成しておけば大丈夫ですと答える専門家に当たってしまったら、その後の相談は止めた方がいいでしょう。
セカンドオピニオン、サードオピニオンを求めて、あなたに合った専門家を探してください。
このページのコンテンツを書いた相続士
- 行政書士、宅地建物取引士、相続士上級、CFP
東京都小平市出身。法政大学経済学部卒。リース業界・損害保険業界を経て、2007年相続に特化した事務所を開設し、現在も一貫して「円満相続と安心終活」をモットーに相続・終活の総合支援を行っている。相続・終活における問題の所在と解決の方向性を示す的確なマネジメントと親身な対応が好評を得ている。相続専門家講座の専任講師として相続専門家の育成にも助力している。日本相続士協会専務理事。
中島行政書士相続法務事務所・ナカジマ相続士事務所
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